トピックス
Across the Border ~見えざる壁を越えて~

好奇心がキャリアの原点。決められたレールを歩かない「編集者」としての矜持|Across the Border ~見えざる壁を越えて~ vol.7

好奇心がキャリアの原点。決められたレールを歩かない「編集者」としての矜持|Across the Border ~見えざる壁を越えて~ vol.7のサムネイル画像

小学生から大人まで、さまざまな年齢の女性たちの人生を描く漫画を世に送り出してきた講談社の「女性コミック編集部」。

率いるのは、長年「なかよし」の編集者として働き編集長も務めた須田淑子。今、時代が求める新しい作品作りや、ヒットを生み出すための組織作りにも注力しています。

ジェンダーギャップ指数が146カ国中118位(2024年・世界経済フォーラム)という、先進国の中では最低レベルのジェンダー平等後進国の日本ですが、個別の作品の中にはどんな女の子像・女性像が描かれてきたのか、気になるところ。

また、須田自身、講談社社内でまだまだ働く女性のロールモデルが少ない中で結婚、出産、育児との両立を経験してきた一人。そのキャリアも交えながら、「Across the Border」をテーマにお話を伺います。聞き手はメディアプラットフォーム部の張蕾が務めます。

須田 淑子(写真左)/講談社 女性コミック編集部 部長
2001年講談社入社。北海道出身。「なかよし」編集部、「週刊現代」編集部を経て再度なかよし編集部に戻り、編集長を務める。2023年6月の機構改編で、6つの編集チームが一つの部署として統合し、アプリを含む9つの媒体を持つ「女性コミック編集部」が誕生し、部長に就任。

【聞き手】張蕾(写真右)/講談社 メディアプラットフォーム部
中国・西安出身。日本の大学・大学院を経て、2020年コロナ禍に講談社に新卒入社。広告部署に配属となり、以降、運用型広告を初めとするデジタル広告を中心に担務。

昔は男性社会だった「なかよし」編集部

張蕾(以下・張) 須田さんは今、50人を超える社内最大部署の「女性コミック編集部」を部長として統括されていますね。私が印象に残っているのは、2024年2月の社員総会で表彰されていた12部門の中で、部長が女性の部門が「女コミ」だけだったことです!

上のレイヤーになるほど、まだまだ女性が少ないんだな、と再認識しました……

須田淑子(以下・須田) 少ないですよね。とはいえ、講談社はかなり変わってきたと思いますよ。私は2001年入社ですが、この二十数年の変化を強く感じます。

 そもそも須田さんは、どんな理由で講談社を志望されたんですか?

須田 私は北海道出身で、大学から東京に出てきました。実は、就活では新聞記者を目指してたんです。何かが起きている現場に行って、取材をしたり、いろいろな人に会って話をきいたりしたかったのですね。講談社の面接では、週刊誌を読んでいたわけではなかったけど「「週刊現代」希望です」って言いました(笑)。結局、新聞社にはご縁がなくて、講談社に入社しました。そしたら、最初の配属が「なかよし」でびっくりして。でも、思い返せば、子どもの頃から「なかよし」や「りぼん」を読んで育ったし、漫画はもともと好きだったので、どんどん仕事がおもしろくなりました。3年経って「週刊現代」に異動になり、そこで2年働き、また「なかよし」に戻って12年間経験して編集長もやりました。

2023年の組織編成で「女性コミック編集部」が誕生し、その部長に任命され今に至る……という感じです。これまではそれぞれの編集部が独立していた縦割り方式だったのですが、それをジャンルごとに分けることで、部内の人員の流動性を増やすことも狙いとした組織です。

 今、女コミの男女比ってどれくらいなんですか?

須田 女性と男性で7対3くらいだと思います。でも、私が入社した時、「なかよし」って男性社会だったんですよ。確か15人くらい部員がいて、女性は私含めて3人くらいだったかな。

 そうなんですか! 少女漫画って、昔から編集部に女性が多いものだと思い込んでいました。

須田 当時は少なかったんです。男性の先輩たちががすごくかわいい「後ヒキ」(漫画の最後のコマに編集者が入れる次の展開を予想させるコピー)書いてましたよ(笑)。

 その景色を想像するとちょっと面白いですが(笑) 、意外ですね!

子育てとの両立が難しかった時代から、どう変わったか

須田 当時は女性の先輩たちの数が少なかったし、結婚、出産となると、私のまわりにはいなかったような…。今思うと漫画編集者は激務だし、なかなか両立が大変と考えられていたのかもしれません。

 そうだったんですね……! 当時の須田さんがいた部署は、今とは環境が大きく違う気がします。

須田 だから「なかよし」在籍中に出産したという先輩は聞いたことがなくて、もしかしたら私が初めてかもしれません。産休、育休を取るのも申し訳ない気がしましたし、保育園から電話がかかってきて対応することにも気を使いました。

 そんな環境では、出産や子育てに前向きになれないですよね。じゃあ、須田さんが出産して異動になっていた可能性もあり得たってことですか?

須田 あり得たと思いますよ。12年も続けられたのは運が良かったのかもしれません。あと、編集部の働き方がそもそもとてもハードで、子育てをしながら働き続けるのが難しい部分もありました。それが2010年代ですから、けっこう最近といえば最近の話。

 1990年代くらいの話かと思ってしまいました。そんなに最近だなんて本当に信じ難いです。でも逆に言うと、ここ10〜15年ほどでずいぶん変わったんですね。

須田 変わりましたよね。特に女コミは、組織が一つになり、かつ流動性が高まったことで休みやすくなって、今産休育休のかたが6人くらいいるんですよ。これは本当にいいことだと思ってます。いまは環境が整ったので、適宜リモートで自由に働かれていますし、そうなると「子どもが熱を出してしまい今週は出社できません」なんかも言いやすくなりますよね。

 須田さんは、あまり前例がない環境で結婚や出産を経験されていますが、須田さんのご経験をお伺いすると、私のような下の世代は安心感が得やすいと感じました。

須田 そうなっているといいな、と思いますが、とはいえ私もジレンマがあるんですよね。子育てに、仕事にそれぞれ時間を取られる中で、自分が100%頑張れているものが無いんじゃないか、と。全部が30%、30%、30%、みたいな感じで。 でも、仕事に100%自分のすべてのエネルギーを投入する働き方じゃ、これからの時代ダメなんだろうな、とも思います。日本人はやっぱり働き過ぎ。あと、何より編集者は遊ばないといい仕事ができないと思ってますから!(笑)

強い女の子像が支持されてきた『なかよし』の歴史

 須田さんが長年携わってこられた少女漫画についてもお話を伺ってみたいです。20年以上同じ場所で変遷を見ていると、社会情勢や、生活者のニーズの変化を感じませんか?

須田 変わっているものもあるし、ずっと変わらないものもありますよね。私が見てきたものでいうと、「ロマンス」へのニーズは本質的には変わっていないのかな、と思います。

一方で、以前よりもより強いヒロインが支持されるようになってきているのを感じています。いままでのヒロインはおとなしくて控えめな子だったけど、男の子に守られて世界が広がる─という物語が多かったように思います。

もちろん王道の少女漫画は人気がありますが、ヒロイン像は多様化してきているような気がします。特に強く、成長していくヒロインがより共感されてきています。

『美少女戦士セーラームーン』『カードキャプターさくら』『しゅごキャラ!』など当時たくさんの女の子から支持された作品を輩出してきたように、「なかよし」はちょっと特殊で、おそらく、創刊当初から、一見ふつうの女の子だけど、実は壮大な運命を背負い、それに立ち向かい、切り開く強さ、そして優しさのある強い子が支持されていた歴史があったと思います。守られるだけではなく、男の子を守るような小中学生の女の子たちの憧れるヒロイン像だったのだと思います。

 面白いですね! 確かに、現実の世界を見てみると、小学生のころって女性の方が精神的にも成熟していて強かった記憶があります。でもだんだん成長して、高校生になるころには控えめになってしまって……

須田 そうなんですよ。さらに女子は社会に出ればもっと男子に水をあけられてしまいますよね。成長すると逆転現象が起きてしまう。「なかよし」のヒロインがいかにのびのびと自分らしく描かれているかがよくわかります。

 私はちょうどこの前、劇場版「美少女戦士セーラームーンCosmos」(2023年公開。前後編に分かれている)を見たんですが、セーラー戦士たちがみんな強くてかっこよくて、男性の登場人物よりも、キラキラ輝いているように感じました。

いかに「人間」を描けるか。少女漫画の現在地

 須田さんは今、女コミの部長として「なかよし」以外にもレーベルをご覧になっていると思いますが、他にも気づいたことはありますか?

須田 先ほども言ったように、どの世代でも、どのジャンルでも、「ロマンス」へのニーズは普遍的だなと思いますね。そして、恋愛を通じて向き合う自分自身の問題や、人間関係の葛藤、成長などがきちんと描かれているものが求められていると思いますし、そういう作品は性別や年代を超えて幅広く読まれています。『うるわし宵の月』(やまもり三香 / KCデザート)は、いまとても人気のある作品です。最近アニメ化の発表もあり、さらに注目されています。

 読みました! 主人公の女の子が「王子」と呼ばれていてかっこいいんですよね。

須田 そうですね、抜群の画力とセンスも素晴らしいのですが、ヒロインのキャラクターがとても魅力的です。恋をすることって人間関係の勉強だし、自分を知ることにつながる、とても成長できることなんだと教えてもらいました。

©Mika Yamamori/講談社

 講談社は作品の海外展開に今力を入れていますが、女コミが展開するコンテンツは、海外のマーケットに向けてどんな打ち出し方を練っているんですか? ストーリーや、登場人物の描き方など、日本とはまた違ったニーズがあるんでしょうか?

須田 今、部内でワーキンググループを立ち上げてディスカッションを重ねているところです。昨年アニメ放送もあり、北米や韓国などの海外で爆発的に反響があるのは『ゆびさきと恋々』(森下suu / KCデザート)という作品です。聴覚障がいのある女の子と世界中を旅しているサークルの先輩との恋が描かれているストーリーです。絵がかわいい、ロマンチックなストーリーや繊細な世界観が素晴らしくてキュンとする、と日本でもともとすごく売れている作品です。

でも、アメリカでの反応を探っていくと、ロマンチック要素はもちろん、ハンディキャップがある女の子の恋だけではなく、人間としての「生き様」のお話としても受容されている部分があると聞きました。

 確かに、海外の恋愛ドラマ、映画、小説などを時々見ると、キュンキュン要素もありますが、「恋愛」というイベントを通じて主人公がステレオタイプと向き合ったり、成長して価値観が変わったり、という描写の比重が多いとよく感じます。

Ⓒsuu Morishita/講談社

須田 そういう意味で言うと、私たちのやれることってまだまだたくさんあると思うんです。海外で知られる日本の漫画の多くは少年誌発ですが、しっかりと「人間」を描いている作品を生み出せれば、ジャンルを問わず読む人にちゃんと届くはずです。

また、北米ではRomantasyという、ロマンスとファンタジーを融合したコンテンツがいまとても勢いがあります。タッチポイントさえあれば、私たちが届けている作品も参入できる余地は大いにあると思っています。

その上で、日本では当たり前に受け入れられているコンテンツも、海外の人権意識ではハレーションが起きてしまうこともあるので、編集者は日々勉強が必要です。BLもいまとても人気が出てきています。海外の出版社に話を聞くと、「性自認・性的指向をめぐる葛藤が描かれている漫画が好まれる」という見方をされているところもありました。もちろん国によって支持されているポイントは微妙にちがうのですが。

「決められたレールに身を預けるよりも、どうせなら楽しんで」

 部長である須田さんに、ぜひマネジメントについてもお伺いしたいです。チームビルディングや、部員との接し方で、気をつけていることってありますか?

須田 いつも悩んでいます(笑)。別々の編集部が統合されてできたとても大きな部署なので、インターナルコミュニケーションに試行錯誤ですね。

ヒットを出すことは重要だけど、それよりも作家さんと編集者が設定した目標に向かってトライ&エラーを繰り返し成功に導く、一人前のプロデューサーになることを目標にしています。なによりも「個々の成長」が大事だと考えています。

ヒットを出さなきゃいけない、って、会社としてはいわば当たり前のことですよね。でも、自分だけではコントロールできない要因も大いにある。ヒットって偶発的な部分もありますから。

 なるほどです。コントロールできる「育成」の部分に注力して、優秀なプロデューサーがたくさん生まれれば、ヒットは後からついてくるということですね。

須田 そうです。だから、編集者という仕事を目一杯楽しんでもらって、興味のあること、新しいことを追求しまくってほしい。その先にいい結果がついてくるだろうと思っています。「“女コミ”を経験しているなら、おもしろい編集者にちがいない!」って評判になってほしいですね!

関連して、管理職・経営層の女性のロールモデルは社内でもっと増えるといいですよね。男性の管理職には、キャリアも性格も人生観もたくさんバリエーションがあって、「自分はこの人を目標にしてみよう」と選択できるのに、女性にはそれがまだまだ少ない。ロールモデルが限られていると、夢がもてないかもしれません。

今、若い世代で結婚している人の中には、共働きで夫との家事負担が半々、という人も増えているじゃないですか。そういう社会の変化を受けて変わっていくべきですよね。多様な価値観が混ざり合っていく組織が健全だと思います。

 本当に心強いメッセージですね。個人的にも、働く一人の女性として、とても鼓舞いただいた気分です。大変勉強になりました。

最後の質問になりますが、須田さんにとっての「Across the border」とは何かを教えていただけますか?

須田 一言で言うのは難しいんですが……社会にはいろんなバイアスがあるかもしれないけれど、結局「壁」って幻だと思うんですよね。自分が作り出してしまう場合もある。そんな見えない幻の壁なんて怖がらず、いや、怖かったとしても前に進むしかない。与えられた環境や決められたレールに身を預けるのではなく、どうせなら楽しんで、おもしろがって失敗も成功も経験して全部を糧にしたいですね。何事にもワクワクする気持ちを持ちつづけていたいです。

***

インタビューを終えて―

 同じ会社で働いている身とはいえ、須田さんとは今回がほぼ初対面でしたが、キャリアや現在のお仕事に関して率直に語っていただく中でとても親近感がわきました。

須田さんのお話から、編集者としての「面白いこと」に対する貪欲さと好奇心と、役職者としてのチームに対する心遣いの両方をはっきりと感じました。今年で社会人6年目の自分にとって、大変勉強になりました。

女性社員のパイオニアがほぼいなかった男性社会で、仕事に対する情熱と責任感を持ちながら、自分ならではの道を切り開いてきた須田さんの背中に鼓舞された人はたくさんいるはずです。今回のインタビューを通じて、私もその一人になったと感じました。

こんな先輩の背中を見ているからこそ、これからの自分も誰かに背中を見せられる存在になりたいな、と強く思うようになりました。

記事をぜひシェアください

撮影/西田香織 編集・コーディネート/張蕾・丸田健介(講談社C-station)

おすすめ関連記事

  • The article card thumbnail placeholder image
    • ---
    • ---
  • The article card thumbnail placeholder image
    • ---
    • ---
  • The article card thumbnail placeholder image
    • ---
    • ---
  • The article card thumbnail placeholder image
    • ---
    • ---
  • The article card thumbnail placeholder image
    • ---
    • ---
  • The article card thumbnail placeholder image
    • ---
    • ---
https://cstation.kodansha.co.jp/special/mcl/へのリンクhttps://otakad.kodansha.co.jpへのリンクhttps://licensing.kodansha.comへのリンクhttps://cstation.kodansha.co.jp/cstationbizへのリンクhttps://c.kodansha.net/kmc/2024/へのリンク