講談社C-stationチーフエディターの前田です。
いつもC-stationをご愛顧いただき、ありがとうございます。
2024年の後半から、Googleのクッキー規制が加速し、本格的なクッキーレス時代に突入します。これによって、デジタルマーケティングは大きく変革すると見られています。
そのなかで、これからの広告コミュニケーションにおいて重要なのは「キズナ」と「受容性」であると、ビデオリサーチの吉田正寛さんは語ります。リサーチ会社のエキスパートが予見するその理由を、おうかがいしました。
これからは、受容性を重視する「キズナ・エコノミー」の時代
──年があらたまり、2024年になりました。「2024年の広告コミュニケーション」において、吉田さんが注目しているキーワードを教えてください。
吉田 これまで、デジタル広告の効果指標はリーチ(インプレッション)が重視されてきました。しかし、広告が効かないと言われるなかで、ここのところ急速に「受容性」への関心が高まっています。
なぜなら、ユーザーが広告を「見る」ことが重要なのではなく、「受容する=届ける」ことが本来の目的だからです。
今後は、リーチ重視の「アテンション・エコノミー」だけでなく、受容性を重視した「キズナ・エコノミー」にも意識を向けることで、広く浅くではなく、深く届くデジタル広告が実現すると考えています。
また、受容性はブランド力とも深く関係しています。つまり、広告の受容性を高めるためには、ブランド力を高める必要もあるわけです。

──受容性が重視される背景には、デジタル広告市場がここまで大きく伸長したことも関係しているのでしょうか?
吉田 そうですね。ここ10年の「生活者の広告への態度変化」を見てみると、「広告はよく見るほう」という問いに対して、イエスの人が2014年は59.5%だったのに対して、2023年は42.2%。明らかにネガティブになっています。広告が届かなくなっている理由は、そもそも広告に対してネガティブな印象を持っている生活者が増えているからと推察されます。

では、この10年で何が変わったか。やはりデジタル広告の伸長が最大のトピックスです。となると、広告のネガティブな印象を生み出している要因は、デジタル広告にあるのではないか。リターゲティング広告をはじめ、広告に追いかけられることに生活者は疲れているのではないでしょうか。
現状を鑑みれば、従来のインプレッションを指標とした、ROI効率追求だけでは限界が来ています。これからはブランド力の形成を意識した、「広告接点クオリティの向上」が必要です。
受容性の向上に寄与する、コンテンツのチカラ
──「広告接点クオリティの向上」のためには、何が必要なのでしょうか?
吉田 一言でいえば、コンテンツ力ですよね。効果やROIなど、数値化されているものではなく、ストーリーに驚いたり、クリエイティブに感動したり、という世界観が大切です。
コンテンツのチカラによって、広告接点クオリティを高めることは、広告の受容性を高めることにつながります。コンテンツマーケティングを活用し、受容性を向上させることが今後ますます重要になってくると思います。
これはデジタル広告だけでなく、広告業界全体で考えていかなければいけない課題だと考えています。
一方で、雑誌メディアやラジオは、オーディエンスとのつながりが強く、以前から「受容性」を武器にしていました。そこにもやはり、コンテンツのチカラが寄与しています。
リーチを重視した短期の売上だけでブランドの持続性は担保できませんが、顧客とのキズナだけでもブランドの裾野は広がりません。
つまり、ブランドの維持・成長のためには、「リーチ」(短期的な視点)と「受容性」(中長期的な視点)、両方を同時に拡張していくことが重要です。
──講談社のライフスタイルメディア「FORZA STYLE」では、干場編集長とコラボすると「売れる」という現象がよく起きています。これも受容性の効果なのでしょうか?
吉田 そうですね。ディスプレイ広告にはない文脈、ストーリーによって、情報を届けることで心が動き、購買につながっていると言えます。そこには干場編集長の持つ、ブランド力も大きく影響しています。
また、干場編集長は、ユーザーが受け取りやすい形で情報を届けるのが、すごく上手ですよね。見ていて飽きない。素晴らしいと思います。

──仮に企業が、リーチだけを重視し、ブランド力の形成をおろそかにすると、どうなるのでしょうか?
吉田 リーチだけにフォーカスすると、「量」の勝負になってしまいます。しかし、量はあるけれど、受容性がなければ、ネガティブリーチになってしまう可能性もあります。ネガティブリーチとは、受け取った人がマイナスの印象をもってしまうということ。結果それによって、ブランドを毀損してしまうこともあるでしょう。
さらに、リーチだけを追いかけると長い目で「顧客を育てる」ことができないため、キズナ(ブランド力)を形成することができません。
これに対して、中長期の視点で「キズナ」形成を意識することで、ブランド力が着実に育まれていき、「選んでもらえるブランド」になれるわけです。どちらが大事かではなく、どちらも同じくらい大切だと私は考えています。
──「キズナ」形成のためには、ユーザーと企業の接点となるコンテンツの重要性は非常に高いと思います。そのチカラを活かすためには、何が必要だとお考えでしょうか?
吉田 2つあります。ひとつは、クリエイティブ力。ここには、プロのアイデア、制作力が必要です。
もうひとつは、コンテンツを「どこ」で見せるかです。
行動経済学に「プライミング効果」というのがあります。人は情報を受容する環境によって、行動が変化するというものです。
たとえば、経済番組の合間に、金融商品のCMが流れると、受け入れやすく感じる、といった経験は誰もがあるのではないでしょうか。これがまさに、プライミング効果です。
つまり、商品・サービスの文脈に沿った場所で広告が届くことで、受容性は高まるわけです。
マーケティング効果を高める「相性」
──ビデオリサーチ社では、コンテンツの受容性=効果を最大化する「プロフィールマッチング」というサービスがあるそうですね。
吉田 はい。商品・サービスとの親和性は高いほうがいいと、多くの方が感じています。しかしそれを数値化することなく、感覚的にこれまでは選んでいました。
そこでビデオリサーチでは、訴求したい商品・サービスと、広告枠やコラボする対象の相性を、数値化して示すサービスを生み出しました。さきほど、干場編集長の話が出ましたが、商材と干場編集長との相性度を数値化するといったことも可能です。
たとえば「自動車に関心があるターゲット」と、ある情報番組との相性を診断する場合、まずは「自動車に関心がある」人を抽出。同時に、自動車カテゴリに関心を持って広告を見るユーザーの特徴(スコア)を割り出します。
そこに、番組視聴者の特徴(スコア)を重ねることで、相性度を算出します。

マーケティングにおいて相性はとても大切で、相性のよさが効果に影響するというデータも出ています。

課題解決の糸口は、コンテンツマーケティングにあり
──2024年はクッキー規制も本格化するなど、デジタルマーケティングの転換点になるとも言われています。大きく変革する環境のなかで、私たちは何を重視すべきなのでしょうか?
吉田 最近ですと、経産省を中心に「(デジタル広告の)買い方改革」が叫ばれています。その背景にあるのも、現在のデジタル広告の受容性の低さです。
課題解決の糸口は、コンテンツマーケティングにあります。
しかしコンテンツの重要性は理解していても、運用型広告とのすみ分けができておらず、目的が違うのだから手段も変えるべきである、という整理がついてない企業が多いように感じます。リーチ目的のコンテンツと、ブランド力形成を目的としたコンテンツ、目的が違うのであれば、手段も変えなければいけません。
これは我々のようなリサーチ会社もそうですし、媒体社さんや広告会社さんも、コンテンツ力の持つ機能をうまく説明できてないからではないかと考えています。
2024年は、クッキー規制の本格化など、一見、ネガティブに思えるトピックスもありますが、私はこれを、仕切り直しのいいチャンスだと捉えています。
これまでの短期的な視点から、中長期的な視点を重視し、ブランドとのキズナを形成していく。これが広告のスタンダードになっていけば、広告にとっても社会にとっても、きっといい流れになっていくと期待しています。


吉田正寛(よしだ・まさのぶ)
株式会社ビデオリサーチ 企画推進ユニット DXマーケティング推進グループ フェロー
2008年(株)ビデオリサーチ入社。主にメーカー等の広報・宣伝担当部署から、広告会社や媒体社営業担当部署をクライアントに、広告活動のプランニングや広告効果測定をコンサルティング、メディアの広告役割の観点から、次期広報・宣伝施策を第三者の立場でサポート。広告メディア・コンテンツ別にある固有の役割に関する研究を継続中。