インターエフエムで毎週水曜日21:00から放送している「J LIVE RADIO」は、「仕事も遊びも本気!」なビジネスパーソンを応援するラジオプログラム。DJを務めるのは、株式会社サン 代表 プロデューサー / コネクターの田中準也さんと、Cステーション エグゼクティブプロデューサーの長崎亘宏です。毎回、各界で活躍するビジネスパーソンをゲストに迎え、「人生のステージ」についてや、「人生を楽しむ秘訣」をお伺いします。
7月23日のゲストは、味の素株式会社の執行役常務、食品事業本部副事業本部長兼マーケティングデザインセンター長を務める岡本達也さんです。
*Podcastでもお聴きいただけます!
<ゲスト>

1987年、味の素株式会社に入社。味の素ダノン株式会社出向を経て、1991年に味の素株式会社に復職。1996年からマーケティングに従事。2014年に味の素冷凍食品株式会社に出向した後、2019年に味の素株式会社執行役員に就任し、2022年に執行役常務食品事業本部副本部長に就任。2023年4月にマーケティングデザインセンターを設立し、マーケティングデザインセンター長を兼任。
51歳で新天地に出向し冷凍チャーハンの売上回復を命じられた
田中:今日のゲストは、味の素株式会社の執行役常務で、マーケティングデザインセンター長も兼任している岡本達也さんです。1996年から、「ほんだし」「Cook Do」「ピュアセレクト マヨネーズ」「クノール スープパスタ(現・クノール スープ DELI )」をはじめ、さまざまな商品の開発、販売戦略などのマーケティング業務に従事。
味の素だけではなく関連会社でも活躍され、2014年には味の素冷凍食品株式会社に出向し、「ザ★チャーハン」「ザ★シュウマイ」をはじめとする冷凍食品「ザ★」シリーズの開発を手掛けられました。そんな岡本さんに早速ですが、忘れられない「人生のステージ」を聞いてみたいと思います。
岡本 :2014年から2018年まで、味の素冷凍食品に出向していた時代のお話をさせてください。バリューチェーン全体が一体となったときのパワーを目の当たりにした経験でした。
味の素冷凍食品の本社には300~400人のメンバーが勤務していて、私が任されたのは執行役員家庭用事業部長というポジション。マーケティングから事業戦略、営業まで、一般消費者向けの商品の全てを統括する立場でした。
当時の私の恩師であり、味の素の取締役専務執行役員を経て味の素AGFの代表取締役社長に就任した品田(英明)さんに辞令を言い渡されましたが、その時点で私はすでに51歳。だから、「本社に帰ってこないつもりで行ってきます」と、覚悟を決めていました。
ですが、実は私が就任した「冷凍食品の執行役員」は、代々の味の素の社長を何人も輩出してきたポジションだったんですね。味の素冷凍食品のプロパー社員は、3~4年後には本社に帰ると想像していて、「どうせ腰掛けでしょ?」と思っていたはずです。でも、お客様感覚で仕事をしていると思われたくなかったので、出向して最初の挨拶では「60歳までここにいるからよろしく」と言いました(笑)。その場にいた全員、びっくりしていましたね。
当時はまだ、働き方改革がない時代。とにかく一生懸命仕事をしたくて、飲み会の後に会社に戻ることもありましたね。そんなことを続けていたらある日、「味の素から来た役員の中で、夜中に仕事をしているのは岡本さんだけですよ」と言われました。
田中:そんな時代があったのですね。では、なぜこの出向時代を「人生のステージ」に選ばれたのですか?
岡本:味の素冷凍食品はいろいろな商品を扱っていますが、実は冷凍チャーハンに関しては日本で初めて商品化したパイオニア。それなのに当時は業績不振で、業界3番手に甘んじていたんです。
出向早々に社長に呼び出され、「冷凍チャーハンの業績がなぜこんなに悪いのか? 何とか回復させろ」と。もともと社長自らが開発に携わった商品だということもあり、一刻も早く1番手を奪還することを求められたのです。そこで、最初の1年間はとにかく全力投球。数々のチャレンジに取り組み、大きな成果を挙げることができました。
マーケターの視点で自社商品を詳細に分析! 自ら市場の声に耳を傾け続けた日々
岡本:最初にびっくりしたのは、冷凍食品業界は全ての商品を5割引で販売する業界だということ。当時の販売価格は、冷凍チャーハンは278円、冷凍唐揚げは298円、冷凍餃子は198円と各社ほぼ横並びの状態でした。また、冷凍チャーハンのパッケージは全て横長で赤と黄色の配色。しかも、どの商品も1袋450gで「本格〇〇」というキャッチフレーズが書いてあるんですよ。
なぜ、各社の商品が一緒なのか? 社内の担当者に、「なぜ、パッケージがなんで横長なの?」「なぜ、なん450gなの?」と聞いても、「分かりません。冷凍チャーハンは、そういうものですから」と。
さらに調べてみたら、冷凍チャーハンは販売当初、1袋500gで販売していたのです。その後、お米の価格が高騰したけれども、冷凍チャーハンは278円でしか売れない。そこで、450gに量を減らしたという経緯も分かりました。
長崎:なぜ岡本さんがこのような疑問を持つのか、不思議に思っているリスナーもいらっしゃると思うんですけれど……。岡本さんは、マーケターのリーダーをやってらっしゃる方。マーケターの視点から見て、パッケージや価格は他社商品と差別化するブランド戦略において非常に大事なポイントになるんですよね。
岡本:そうですね。本当に素朴に不思議に感じました。これが、お客さんが本当に欲しい商品なのかも全く分からなかったので、きちんと調べたいと思いました。
まず、商品のコンセプトシートを確認すると、「ターゲット:40~50代の主婦」と書いてあります。確かに、実際に購入するのは40~50代の主婦かもしれないけれど、その層が冷凍チャーハンを好んで食べているとは全く思えなくて。そこで、実際にインタビュー調査をしてみたら、「お母さんが買ってきた冷凍チャーハンを、お父さんや高校生・大学生の息子さんが食べていた」というのが実態でした。つまり、ターゲットが全く違っていたんですね。
続けて、内容量についても検証しました。実際に冷凍チャーハンの袋を開けてみて、自分が1食分だと思う量を取り出してみたら、その残りは明らかに1人前にも満たない。「この商品は、いったい何人分なのか?」と思いましたね。確かにパッケージには「〇人前」という表記がなく、結果的には何人前でもなかったんです。
世の中で一般的に認識されている「1人前」の量を調査したこともあります。社内の研究者とプロマネに「チャーハンが美味しい」と評判のラーメン屋何軒かに行ってもらい、実際に測りを使ってチャーハンの量を計測。その結果、どの店も綺麗に1人前が300gであることが分かりました。
一様に300gであるカラクリが、お玉にあることも発見しました。チャーハンはお玉を使って半円形に盛り付けますが、そのチャーハン用のお玉1杯分の分量が300gだったというわけです。
さらに、チャーハンの具材についても検証しています。「具材がシンプルな他社さんと差別化するために」という理由で、当社のチャーハンは五目でありながら八目も入っていたのです。中でも不思議だったのは、「クワイ」も使われていたこと。社内の担当者に「なぜ、クワイが入っているの?」と聞いても、「具材をたくさん入れなければならないので……」というあいまいな返事が返ってくるだけでした。
でも、チャーハンが美味しいラーメン屋はどのお店も、使っている食材はシンプルにネギと卵とチャーシューなんですよ。味の素冷凍食品も本当は味と食感で勝負すべきだったけれど、そこに思考が行かなかったんでしょうね。
「ザ★チャーハン」のヒットに見るコンシューマーセントリックな視点
田中:味を追求することが、御社の場合は科学を追求することになりますよね。
岡本:はい。結局、10~20代の男性が好むようなガツンとした味わいを出したい。そのために、いわゆる町中華の中にモデル店を見つけて、どうにかして味を再現しようと試みたのですが……どうしても上手くいきませんでした。そんなときに、味の素が「コク味」を出すニンニク由来のアミノ酸系の素材を開発。早速冷凍チャーハンのレシピに加えたら、見事にバシッと味が決まったのです。
田中:素人質問で恐縮ですが、六目めにニンニクを入れるのではダメなんですね。
岡本:ダメですね。ニンニクでもコク味は出ますが、一緒に臭みも出てしまうんです。コク味だけを抽出し、新しい素材を生み出せるのが味の素ならではのテクノロジー。味、風味、食感、香り、全てを科学的に構築する、味の素独自の「おいしさ設計技術」を駆使して、「ザ★チャーハン」を開発したわけです。
田中:その技術を冷凍食品に活かし、目標とする味が再現したのですね。
岡本:その通りです。味の素冷凍食品の冷凍チャーハンは、釜を使って直火でお米を焚いているんですよ。ご飯と卵を炒め合わせるときは、中華鍋のスイングを大きなドラムのような炒め機で再現。その後、チャーハンを上から雪のように降らしながら、下から零下数百何十度の冷気を当てます。超急速凍結するので、パラパラと美味しいチャーハンがいつでも味わえるんです。こういった丁寧な製法や調味料の優位性は、味の素が他社と差別化できる大きなポイントです。
加えて、パッケージも改良しました。他社と横並びにならないように、かたちを正方形に。また、食品にはタブーと言われていた「真っ黒」な色合いも採用しました。「人間は、形と色で種類を識別する」という視覚的な性質がありますが、当時この思想でデザインされた商品はなく、消費者にも新鮮に映るだろうと考えたのです。
社長からは、「食品で黒いパッケージがタブーだと、知らないのか!」と叱られましたね。社内メンバーも営業部門のアッパー層を中心に、かなり抵抗が強かった印象があります。
けれど、「消費者が本当に求めているものは何か?」を見極め、その要望に真摯に応えるというコンシューマーセントリックな商品開発すれば、絶対に売れる確信があったんです。だから、量も「2人前」にこだわって600gに増量。当時、「冷凍チャーハンは1袋278円」という固定概念が浸透していたので、「そんな商品が消費者に受け入れられるわけがない」と誰もが思っていたはずです。でも、私は「何とかこれで販売させてください」と社長を説得して、商品化にこぎつけました。
商品化決定の裏側には、販売、マーケティングの統括担当者が、「自分たちが自信を持てる商品を作りましょうよ」と声を上げてくれたことも大きかったと思います。営業チームに向けたプレゼンテーションなど、若手の発案を機に社内の潮目が変わっていきました。
予想以上のヒットに現場が大混乱しながらも「つくる喜び」「販売する喜び」が社員をつないだ
岡本:味の素冷凍食品のメンバーは、一度「やろう!」と決まったら、その後の一致団結したパワーは本当にすごいんですよ。社内では、ある数量の売上実績があるとセカンドブランドに昇格できるという目標があったので、「まずは、そこまでいこう」と話をしていました。けれど実際には、目標の倍ぐらいの数量のオーダーがあったんです! 発売後、4万ケースを目標にしていたところ、何と2ヵ月目に8万ケースも売り上げたんです。広告を出稿していないのにですよ。
「何かが起こっているはずだから、調べてみろ」ということになって判明したのが、インターネット上で、若い人たちが夜中に「ザ★チャーハン」を1袋、全部食べるというイベントが流行っていたんですよ。ファンの間で勝手にコミュニティが生まれていたのです(笑)。
このとき、広告も準備していましたが、これ以上売れたら販売を止めざるを得ません。慌てて出稿をキャンセルしようとしましたが、間に合わず。結局、広告の効果もあり、なんと10月には16万ケースのオーダーが入ってきたんです。
びっくりしたし、工場も生産が追い付かないので大騒ぎです。休売も覚悟していたところ、生産部門を統括していた専務から、「月に何ケース生産すれば休売しなくてすむのか?」と相談があったのです。私は、「4万ケースを想定していましたが、9万~10万ケースないと厳しいです」と答えました。すると、「久しぶりのヒット商品なのに、休売させるのは忍びない。分かった。2週間待ってくれ」と。
その後すぐに工場の稼働体制の調整が入り、2つあった工場のうち1つを「ザ★チャーハン」専用工場にしてくれたのです。最初はお得意先に納品制限かけながらでしたが、コンスタントに販売できるようになり、その後一気にヒット商品に成長していったわけです。
長崎:調整してくださったのは、工場のトップの方、いわゆる叩き上げの方ですよね。本社からご出向されてきた岡本さんが、味の素冷凍食品の仲間として認められた瞬間でもありますよね。
岡本:そうなんです。ただ、工場が連続操業しているので、従業員が休めず組合問題にも発展していました。工場の皆さんにお詫びをしなくてはと、工場長のところに自社商品「アミノバイタル」を持って行ったら、「何を言っているの? 良い商品を作ってくれて、ありがとう。それを生産することは、工場のスタッフにとってどれくらい嬉しいことか分かる? どんどん作るから、どんどん売ってくれ」と言われたんです。
この言葉は感動しましたね。在庫が安定した頃に工場のスタッフや関係者を全員お呼びして、ホテルの中華料理屋を貸し切って祝勝会を開催しました。
人生は何度でもやり直せる! だから、失敗を恐れずに思い切りバットを振れ
田中:素晴らしいエピソードですね。信頼をコツコツ築いていくために、ご自身で決めていることや、モットーはあるんですか?
岡本:そうですね。私はサラリーマンなので異動はつきものですが、希望の部署に配属させてもらったことが1回もないんです。ですが、自分がその部署に異動したのは、きっと何らかの適性があるから。だから、とにかく全力でやろうというのが私のモットーです。
長崎:今までのキャリアをお聞きして、講談社のマンガ『課長 島耕作』を思い出しました。地で行っていますね。
田中:『常務 岡本達也』じゃないですか!
岡本:今回の話は、周りにいたバリューチェーンの皆さんのおかげで上手くいったパターン。ですが私の場合、失敗のほうがはるかに多いかもしれないです(笑)。
田中:116年続く会社でイノベーションを起こすのは、プレッシャーがありますし、一人だけの努力だけでは成し得ませんよね。
岡本:そうですね。でも、それが私に課せられたポジションです。味の素は1兆5000億円という売上高を誇る大きな会社ですし、世間でも優秀だと評価されているスタッフがたくさん在籍しています。その中で、エッジの効いたところにいるのが自分の役目かなと思っています。
長崎:岡本さんが創設された「Swing the Bat」という社内アワードもありますよね。これには、どのようなメッセージが込められているのですか? アウトになってもいいから、まずバットを振れみたいな感じでしょうか。
岡本:味の素は、昆布のうま味がグルタミン酸ナトリウムであることを見つけた会社。鍋で昆布を煮だして、乾燥させた粉で商売を始めたベンチャー企業なんですよ。それが生業なのに、これだけ大きな会社になると、既存のブランドの売上を1~2%だけ伸ばすことを考えたほうが、新しいものに挑戦するよりもずっと確実に思えるんですよ。
ですが今、この会社が成功しているのは、先人たちが失敗しながらずっとチャレンジし続けてくれたから。その恩恵を受けて116年にわたって続いてきたのだから、100年後に活躍する未来の人たちにも、我々が生み出したイノベーションの恩恵を受けてほしいんですよね。
だから、常にフルスイング。打席に立っても振らないとボールは当たらないし、バントに逃げてもダメですから。思い切って振らないと!
長崎:岡本さんは、プライベートでトライアスロンにも挑戦されています。つい最近も、徳之島で行われた大会に出場しましたよね?
岡本:はい。とても楽しいレースでした。今回の記録は、5時間56分。
長崎:仕事もトライアスロンも、常にフルスイング。とことんやり切るのが素敵だと思います。最後に、ご自身にとっての「パワーソング」を教えてください。
岡本:ジョン・レノンの「(Just Like)Starting Over」です。
ビートルズは、昔から大好きなバンドです。1980年はポール・マッカートニーが日本に入国できずに来日公演がキャンセルになるという事件があって。この年の夏にはジョンのアルバム『ダブル・ファンタジー』が発売され、「また彼の歌が聴けるな」とワクワクしていたんですよね。ところが、12月にジョンが命を絶たれてしまって……。
こういった出来事もあり、彼の残した「人生は、何度でもチャレンジできる。やり直せる」というメッセージはとても心に染みました。私の大好きな曲です。
<M>
John Lennon, Yoko Ono「(Just Like)Starting Over」
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<DJ後記>
DJジュンカムこと田中準也:
おいしさをテクノロジーで生み出す味の素および味の素グループの研究力とチーム力が素晴らしく、岡本さんが牽引するマーケティングの凄さを感じる30分でした。
トライアスロンで心身ともに鍛えられているのか、堂々とした受け答えしている姿を見て、私も自転車ぐらいならやってもいいかな、とちょっぴり、ほんの少しだけ思いました。
DJノブこと長崎亘宏:
岡本さんのキャリアとお人柄を一言で喩えるならば、「仕事も遊びもフルスイング」です。
まずは打席に立たないと何も生まれない、という熱いメッセージは全世代のビジネスパーソンから共感を呼ぶと思います。
トライアスロンのエピソードは放送時間の関係で割愛されましたが、こちらでも、楽しみながら苦難を乗り越えるという、岡本さんのタフネスが感じられて、とても感動しました!

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