企業のSDGs取り組み事例

「誰にとっても使いやすい商品」を開発するためにコクヨグループが独自のプロセスを組み込んだインクルーシブデザインを考案し、商品開発に導入

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HOWS DESIGN(ハウズデザイン)」は、コクヨグループが考案したデザインアプローチの呼び名。商品開発の企画段階から特例子会社所属の障がいのある社員や社外の多様な人々がリードユーザーとしてかかわることにより、多くの人にとって使いやすい商品を開発しています。グループ内でHOWS DESIGNを推進しているお二人から、取り組みの具体事例をお聞きしました。

左から、コクヨ株式会社 CSV本部 サステナビリティ推進室 理事 井田幸男さん、株式会社カウネット MD本部 MD3部 部長 本澤真悠子さん

将来必要とされる"使いやすさ"を徹底追求するために生まれた「HOWS DESIGN」

──コクヨグループの事業概要について教えてください。

井田 弊社は、文房具や雑貨の開発をする「ステーショナリー事業」、事務机・椅子、収納などを提供する「オフィス家具事業」、事務用品をECサイトで販売する「通販事業」などをグループ全体で展開しています。創業の1905年以降、100年以上にわたり事業を拡大してきました。

私は現在、社の掲げる長期ビジョンを実現させるために、CSV本部のサステナビリティ推進室で、HOWS DESIGNによるサステナブル経営に取り組んでいます。

──今回ご紹介いただく「HOWS DESIGN(ハウズデザイン)」とは、どういったものなのでしょうか?

本澤 「HOWS DESIGN」は、相手を思いやる「HOW are you?」の気持ちと、ともに未来を探索する「HOW will we do?」の姿勢を大切にしたデザインアプローチのこと。特例子会社であるコクヨKハート株式会社に所属する障がいのある社員を始め、多様な方が企画段階からリードユーザー(※1)の一員として開発に参加し、もの作りをしています。取り出しやすさを追求した箱入り封筒や、視認しやすいUSBメモリ、座りやすさと立ち上がりやすさを考慮したカフェチェアーなど、多種多様なHOWS DESIGNの商品を開発してきました。

※1 リードユーザーとは、将来の市場で一般的になるニーズに、今現在直面しているユーザーのこと。市場のニーズを先取りして、今後必要とされる視点を提供してくれる可能性がある存在。

──HOWS DESIGNは、どうように誕生したのですか。

井田 急速な時代の変化を背景に、2021年に策定したコクヨグループの「長期ビジョンCCC2030」がきっかけで誕生しました。

新たな経営方針のもとで我々が描いた未来のシナリオは、自律した個人が多様性を認め合い、協働しながら価値を生み出す「自律協働社会」の実現。社内で議論を深める中で、コクヨグループ内のインクルージョンを高めることを一歩目の活動として、自律協働社会を目指そうと決めました。その方法として考案したのが、HOWS DESIGNだったのです。

「長期ビジョンを作っていた頃は、サステナビリティを組織の能力としてどう位置付けていくかについて、経営陣と繰り返し議論を重ねていました」と話す井田さん

商品価値を上げるためのHOWS DESIGN「4つのプロセス」とは?

井田 HOWS DESIGNが独自に設けた「4つのプロセス」を踏み、お客様への説明責任が果たせるよう開発資料にエビデンスを残していることが大前提となっています。

HOWS DESIGN「4つのプロセス」

①社会のバリアを見つける
②解決方法のアイデアを検討する
③試作品で検証する
④具体的な商品やサービスで検証する

本澤 法人向けにオフィス用品の通信販売事業を展開しているグループ会社の株式会社カウネットでも、プライベートブランド商品にHOWS DESIGNを導入しています。

プライベートブランド商品の開発は私の担当。商品開発の際は、4つのプロセスに加え、企画会議と開発会議をパスしたうえで、最終的には代表取締役の承認を経ることによりHOWS DESIGNの認定が受けられます。認定においては、検証段階で使いやすさを実証することが必要です。

──4つのプロセスを経ることで、商品はどのように変化するのでしょうか?

本澤 たとえば、 カウネットのプライベート商品である「取り出しやすいアルカリ乾電池」があります。これは、カウネットの既存商品を改良してHOWS DESIGNとして売り出しているものです。

元々、サイズの表示が見やすく取り出しやすいパッケージデザインが好評で、売上構成比の高い商品でした。しかし、リードユーザーと共に商品を見直してみると、実は、取り出す以前にそもそも開けづらいことが発覚。ミシン目はあるものの、切り離そうとすると、切り口がミシン目から外れて思わぬ方向に破れてしまうことがあります。電池自体も「パッと見た時に、単1形、単3形などの種別が分かりにくい」という指摘も受けました。

そこで、箱のミシン目とパッケージデザインを改善すると、購入者から、「箱が前より開けやすくなった」「在庫管理がしやすくなった」という声が多数寄せられるようになったのです。HOWS DESIGN導入前・後の反響を比較できたことで、社員がプロセスの有用性を実感できた事例となりました。

リードユーザーが加わり、一つひとつの商品を手に取って見直していくことで、社員たちは「こんなに使いにくかったんだ......」という気づきを得たとのこと。既存の商品をHOWS DESIGN認定商品にまで昇華するための議論は、日々、白熱しているそう。

コクヨグループの横断チームが、課題の抽出から始めたHOWS DESIGNの商品開発

──HOWS DESIGNが導入された新規商品開発の事例を教えてください。

井田 カウネットで販売している「持ちやすいバンド付IDカードホルダー」は、HOWS DESIGNを象徴する商品だと思います。事業会社を横断した社員たちが一緒になって4つのプロセスを踏みながら開発をしましたね。

本澤 そうですね、「持ちやすいバンド付IDカードホルダー」は、HOWS DESIGNのプロセスを体験するための社員向けワークショップから生まれたものです。

その時のワークのテーマは、コクヨの大阪本社に開設したダイバーシティオフィス「HOWS PARK(ハウズパーク)」(※2)で見つけた課題を共有し、改善策を模索するという内容でした。参加した社員たちが着目したのは、入退室の利便性。車椅子を利用する社員が、扉の開錠に時間を要していたことへの気づきから対話は始まりました。扉の横に設置された荷台の改善、カードリーダーの改善、カードキーの改善など、スムーズな入退室を実現するために出し合った案の中で採用されたのが、カードホルダーの改善です。

ワークショップは3回で終了だったのですが、カウネットのプライベートブランド商品としてカードホルダーを開発しようと、社員たちにはアドバイザーとして開発に関わってもらうことに。社内のデザイナーに試作品を作ってもらいながら検証を重ね、約1年後、「手を入れる・つかむ・引っかける」などの多様な持ち方に対応するバンド付きのカードホルダーが完成したのです。

※2 HOWS PARKは、多様な社員が集い対話するために、2023年1月、特例子会社コクヨKハートの一部移転に伴ってコクヨの大阪本社に開設されたオフィススペース。

カウネットのプライベートブランド「『カウコレ』プレミアム」として発売中の「持ちやすいバンド付IDカードホルダー」。予めバンドに手を通しておけば、両手がふさがっている状態でもスムーズな開錠が可能に。

井田 HOWS DESIGNは、リードユーザー以外の多数のユーザーにとっても商品が使いやすいことが重要です。カードホルダーに関しては、「鞄の中でストラップが絡んでしまう」という多くの声を、ストラップをまとめることのできるバンドの機能により解消しました。

新商品の50%以上をHOWS DESIGN認定商品とするため、社員へのインクルージョン推進を本格化

──HOWS DESIGNの推進は、どのくらいの速度で進めているのでしょうか。

井田 2030年時点で、コクヨグループが新たに販売する商品の50%以上をHOWS DESIGN認定商品とすることが目標です。これまでのもの作りと比べて大幅に工数がかかることは承知のうえで、社会のバリアを解消するためのもの作りが当たり前の世の中を目指そう。新商品の過半を超えれば、物づくりの価値が変わるはず――。これが、コクヨグループの意思決定でした。

本澤 コクヨグループの出す新商品は、年間約100点です。そのうち、カウネットが出すプライベートブランド商品が全体の6割。企画から6カ月で販売までもっていくスピード感が平常の中、過半をHOWS DESIGNとすることに対しては、少なからず社員に動揺が走りました。

井田 しかし、カウネットは早い段階から組織を挙げてHOWS DESIGNに取り組み、会社全体の熱量を上げることに成功しましたね。

本澤 カウネットのプライベートブランド商品は、これまで商品開発の多くをメーカーさんのお力に頼ってきました。しかし、HOWS DESIGNを導入してからは、社員が、商品の一つひとつをリードユーザーとともに触りながら使いやすさを検証しています。

工数が増えることにより新規商品の開発スピードと点数は落ち、途中、「本当にこれでいいのだろうか......」という葛藤が生まれたのは正直なところです。しかし、HOWS DESIGNの商品に対する社内外の評価は高く、1年が経つ頃には確かな手ごたえをつかみ、社員一人ひとりが前向きに取り組んでくれるようになりました。

「カウネットは、ダイバーシティ&インクルージョンの視点を重視した取り組みを、オフィス通販業界でいち早く進めることができていると考えています」と、本澤さん

──HOWS DESIGNの考え方を社員一人ひとりに定着させるためには、どのような工夫をされましたか?

井田 一つは、HOWS DESIGNの概念を浸透させるより前に、HOWS PARKを開設したことが、インクルージョンへの理解を大きく前進させました。社員たちがHOWS PARKでインクルージョンを実体験することで、自然と思考を巡らせることになったと思うのです。

その後、HOWS DESIGNを発表してからは、ウェブサイトの開設や社員向けのユニバーサルマナー研修、ワークショップの開催など多岐にわたる働きかけを繰り返し、意識の定着を図っていきました。

コクヨの大阪本社ビル1階に開設されたHOWS PARK。上下移動が発生しないよう、1フロア内に執務室、会議室、作業スペース、トイレ、パントリー、カームダウンスペースが配置。社員同士がコミュニケーションを取れる共創エリアも設置

──HOWS DESIGNの事業への落とし込みは、具体的にどのように進めましたか。

本澤 HOWS DESIGNの発表とともに設置されたのが、事業部横断の30名近くから成るタスクフォースです。始動当初は、もの作りの考え方が異なる各事業が、どう横串を通してHOWS DESIGNを推進していくか、どう販売促進の足並みを揃えるかといった話し合いを繰り返しました。

HOWS DESIGNが本格稼働してからは、各事業で進めているもの作りのプロセスの振り返りや新商品の紹介、法律的な解釈に関する相談ごとなどトークテーマはさまざまです。HOWS DESIGNは実際に社会のバリアを減らすことができているのか? などをテーマに話をすることもあります。

各事業会社との対話が増えて、有益な情報交換ができたり刺激をし合えたりするような関係になれたのは大きな収穫でした。

井田 取り組みが進むにつれて、タスクフォースと現場の熱量には差が生まれやすいものです。メンバーは、ベテランをはじめ現場の橋渡し役をしてくれる若手の社員まで幅広い層で構成することが重要だと思っています。並行して、経営・事業・社員の3者が同時に熱量を上げていけるよう、相互理解を深めるための3者の対話も欠かせません。

目指すサステナビリティを見失わないために、社内のインクルージョンを冷静に見極める必要性

──HOWS DESIGNのさらなる推進にあたり、重視していることを教えてください。

井田 長期ビジョンCCC2030を作るにあたり社内で議論されたテーマの一つが、「ダイバーシティの捉え方」。コクヨKハートとは、長期ビジョンの策定前までの長きにわたり、社の垣根を超えた活動ができていなかったという反省がありました。ともに価値を作る仕事をしてこそ、コクヨグループのダイバーシティといえるのではないかと、改めて考えたのです。

そんな思いを込めたHOWS DESIGNですから、商品作りばかりにとらわれてコクヨとしてのサステナビリティを見失っては本末転倒。本当に社内のインクルージョンが進み、社員が「コクヨで働いていて良かった」と思えているのかを冷静に見極める必要があります。

そして、新しい価値の創造を追求していくためには収益確保も不可欠。経済価値向上と社会価値向上のバランスを保つシビアな視点を忘れずに進めていきたいと思います。

本澤 カウネットは、既存のお客様には機能性の向上で購入を促し、潜在顧客に対してはHOWS DESIGNの開発ストーリーをしっかりと見せて共感を得ることで購入につなげたいと考えています。

私たちの目指す自律協働社会の実現に向け、開発プロセスは独占することなくフェアネスに公開し、コクヨグループ外でもインクルーシブデザインの輪が広がることを目指しています。

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撮影/村田克己 文/大野晴香(Playce) 編集・コーディネート/丸田健介(C-station) 

Edited by 丸田健介

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