企業のSDGs取り組み事例

お風呂の相棒「牛乳石鹸」が日本の社会課題解決に乗り出した! 服を着たまま洗髪できるブラシや高齢者施設専用のボディソープを牛乳石鹸共進社が開発

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“赤箱”や“青箱”で知られる牛乳石鹸共進社が、高齢社会や自然災害など日本の社会課題にアプローチする商品作りをしていることはご存じですか? ここ数年で、同社がこれまでになかった商品を作るようになったきっかけは、社員の江越亮一さんが、祖父の介護に感じた課題を元に作った事業案でした。江越さんの商品作りにとどまらない取り組みをご紹介いただきました。

左から、牛乳石鹸共進社株式会社 新規事業室 副主任 大形広太郎さん、新規事業室 室長 江越亮一さん。

創業116年のレジェンド企業が「新規事業室」を開設

──牛乳石鹸共進社の事業概要について教えてください。
 
江越 弊社は固形石けんやボディソープ、スキンケア商品などの製造・販売を手掛けるトイレタリーの企業です。パッケージに牛のロゴが描かれた「カウブランド赤箱」は会社名の愛称である「牛乳石鹸」と呼ばれ、長きにわたり親しまれてきました。「牛乳石鹸、よい石けん♪」というCMソングをお聞きになったことのある方もいらっしゃるかもしれませんね。
 
今年で創業116年目となる弊社の歴史は固形石けんから始まりましたが、今では国内外のさまざまな世代に向けてボディソープや洗顔フォーム、入浴剤も販売しているんですよ。
 
──そんな御社が、2020年に「新規事業室」を立ち上げたと聞きました。
 
江越 はい。弊社は「美と清潔、健康づくりに役立つ製品づくり」を事業領域としてきましたが、その中でも取り組めていなかったことに着目して事業化を目指すのが新規事業室の役割です。
 
大形 これまで、新規事業室が販売までこぎつけた開発商品には、高齢者介護施設向けのボディ&ヘアケアの「ツナグケア 」シリーズがあります。そのほか、発売を間近に控えているのが入浴の難しい方を対象に開発した洗髪デバイスセットの「SUSUGU(ススグ)です。いずれも、日本の社会課題となっている高齢化や自然災害を背景に作った商品です。
 
──新規事業室が初めて発売に至った「ツナグケア」は、どのような経緯で企画されたのですか?
 
江越 弊社は10年程前から、固形石けん離れの進む若年層のファン獲得に力を入れていました。顧客開拓の重要性を認識する一方で、私は、弊社の石けんを長く愛し続けてくれている高齢の方たちの入浴をより快適なものにする商品・サービス作りができないかな……とも考えていたのです。
 
そう思うに至ったのは、私の両親が自宅で祖父の介護をしている姿を見ていたから。入浴を、介護する側にとっても、される側にとっても、負担が少なく心地よいものにするための商品作りを長い間、目論んでいました。
 
──会社に対してどのように商品企画を提案したのでしょうか。
 
江越 今後も弊社が継続するためには事業の新たな柱を作る必要があるという話がある中、新規事業を検討するプロジェクトが立ち上がり、私はそのメンバーの一人に選ばれました。そこで、長年温めてきた高齢者の課題解決の事業案を社内で提案したところ、事業の推進に承認をいただくことができたのです。経営陣からは、「新たな取り組みの中から、次なる事業の種を見つけてほしい」と背中を押していただきました。その時に開設されたのが、新規事業室です。私は、商品開発の担当者と2人で商品・サービス開発を始めることになりました。

「会社の取り組んでいることの未充足を補うことも新規事業室の役割だと思っている」と話す江越さん。

複数の高齢者介護施設のスタッフたちが喜んで協力してくれた理由

──「ツナグケア」シリーズからはどのような商品が出ているのですか?
 
大形 顔も洗えるボディソープ 、リンスインシャンプー、保湿ローションの3種類を出しています。いずれも、高齢者介護施設で働く介護スタッフの皆さんにご協力いただきながら開発しました。
 
江越 複数の高齢者介護施設にお願いをして、浴室の見学や入浴時の課題についてのヒアリングをさせていただきました。施設の方たちからは、ボディソープやシャンプーの使用時に「床に泡が残ると転倒の危険がある」「泡を立てるのに時間がかかる」などの課題が上がってきました。

新規事業室の開発商品で第一弾となる「ツナグケア」シリーズは、起案から発売まで2年程かかったそう。高齢者介護施設のほか、介護を経験している社員にも声をかけて課題のヒアリングをしていたという。

大形 高齢者介護施設の多くは入浴が週2回で、1回15分ほどという状況もわかってきました。介護スタッフの方たちは、大勢のご利用者さんを素早く入浴介助していく必要があります。そのため「ツナグケア」のボディソープとリンスインシャンプーはワンプッシュで十分に泡が立ち、なおかつ泡切れのよいものになるよう研究開発しました。
 
さらに、汗臭や便臭、尿臭をマスキングする成分を配合させた上で石けんの香りがベースになっているので、利用者さんにもお風呂に入った満足感や爽快感を味わっていただけます。
 
江越 開発中は、試作品を作るたびにモニターの介護施設で1週間程使用していただき、色や香り、使い心地の感想を聞いて改良を繰り返しました。協力いただいた10施設以上の介護スタッフさんたちは、自分たちの仕事に着目した商品開発がされていること自体がうれしかったそうで、大変協力的に対応してくださいました。
 
──商品の発売後、販売はスムーズにいきましたか?
 
江越 実は、商品の認知がなかなか広がらず、正直、2年くらいは苦戦しました。「ツナグケア」は店頭に並べてもすぐに売れていくというものではありません。入浴介助されているスタッフの方や施設の購入権限者に情報が届くよう、法人向けの通信販売サイトに出品したり、福祉関連の展示会に出展してサンプルをお配りしたりすることによって、徐々に売り上げを伸ばしていきました。
 
大形 最近では、「ツナグケア」の保湿ローションが「香りが好き」「大容量で使いやすい」などと口コミで広がり、一般のご家庭でも使っていただけるようになってきています。 

「お風呂の残り湯ってもったいない」から、被災時の課題解決へ

──新規事業室、第2弾の商品開発について教えてください。
 
大形 現在、8月の発売に向けて準備を進めているのが、ポータブル洗髪デバイスセット「SUSUGU(ススグ)」です。これは、コップ一杯の水と、ミストシャンプーがあれば服を着たままにして洗髪できるというもの。浴室での洗髪が難しい介護の現場や、被災地などでの使用シーンを想定して開発しています。

「SUSUGU(ススグ)ミストブラシ」(右)と、ブラシと一緒に使う「SUSUGU(ススグ)ミストシャンプー」(左)。ミストシャンプーを頭皮に吹きかけて皮脂と汚れを浮かせ、ミストブラシで髪をといて、水と混ざった皮脂と汚れをタオルで拭き取る。

江越 「ツナグケア」の販売を開始した頃、新規事業室で第2弾となる商品開発に着手することにはなったのですが、何にするかで迷っていました。そんな時、他社の新規事業担当の方から教えていただいたアクセラレータープログラムに応募することに。

私が以前から抱いていた、「お風呂の残り湯ってもったいないな」という思いを元に事業案を作ってみようと、さまざまな方にヒアリングをしていたところ、東日本大震災で被災し3ヵ月にわたる断水を経験された方と話す機会がありました。何日間も洗髪ができないことがどれだけ辛かったか、という話を聞くうちに、このような課題は、清潔を提供する私たちが企業として取り組むべきだと強く感じるように。これが、「SUSUGU(ススグ)」開発のきっかけとなったのです。

自然災害のほかにも、けがを負っていたり、入浴介助が必要で毎日お風呂に入れなかったりと、洗髪の難しいシチュエーションは多々あります。私たちは、水を十分に使えない環境で洗髪する方法を考え、洗髪ブラシの企画案を作りました。すると、プログラム内のコンテストで最終選考に残ることになったのです。それは、自分たちの考えが独りよがりではなく、社会にも認められた証。洗髪ブラシを新規事業室の第2弾の商品として、開発することを決めました。

新規事業室内で、洗髪ブラシを「何のために作るのか」を議論した際のグラフィックレコーディング。「妄信的に作り始めると、何でこれをやっているんだろう……と迷うことが出てくるはず。そんな時に立ち戻れる大義は大切です」と江越さん。
企画立案から、現在のブラシの形になるまで丸4年。あらゆる形状のブラシを作っては、社内でモニター協力者を募り試用を繰り返したそう。新規事業室のメンバーも、3日間髪を洗わず洗髪ブラシの使い心地を試したという。

新規事業創造の舞台裏は、遠回りに思える模索の繰り返し

──ほかの商品開発とは異なる、新規事業室の特徴は何ですか。

江越 商品作りだけではなく、入浴周りの課題を見つけて、解決に向けたアプローチをしてみることが特徴です。たとえば「ツナグケア」の商品開発時、入浴を「清潔を保つ」から「楽しむ」というところまで視野を広げてみると、高齢者介護施設の浴室に無機質さが見えてきました。入浴を「楽しんでもらう」ために何ができるかを考え、その時は、絵の得意な社員に頼んで銭湯の壁画を思わせる風景画を描いてもらい、それをポスターにして、介護施設の浴室に貼りに行きました。施設のご利用者さんに楽しく浴室へ向かってもらおうと弊社の広報担当者にも協力してもらいながら、入浴に誘導するレクリエーション用のゲームや、体操の動画を制作したこともあります。

少し寄り道のように思われるかもしれませんが、受け身にならず、自分たちの開発している商品の周辺環境を観察しながら課題を見つけて行動してみることは、新規事業を作る者にとっては欠かせない姿勢です。さまざまな経験の中からこそ多様な視点や思考方法が身に付き、新しいアイデアや解決策を生み出すことができると思っているのです。

高齢者介護施設の浴室に貼ったポスターは、「利用者との会話のきっかけになる」と介護スタッフから好評。富士山の絵は、秋・冬バージョンも完成したため、各施設への提供を検討中。

──社内で独立した部門の新規事業室が、社内で協力者を作るコツは何ですか?
 
大形 私たちの日々の取り組みは「note(ノート)」で公表しています。2022年にnoteを開設し、これまで40本以上の記事を投稿してきました。現在は、社外の多くの方に読んでいただいていますが、弊社の社員にも読んでもらいたくて開設したものです
 
江越 新規事業室については、会社のイントラネットを活用して、私が情報発信をしていたのですが、思った以上に取り組みが理解されていないのが現実でした。私たちがやろうとしていることは、私たちだけではできません。仲間集めをするためは、社内の皆に取り組みを知ってもらう必要がある。そこで、情報発信担当として、当時営業部門にいた大形を新規事業室に迎え入れたのです。

入社後、北海道の北日本支店に勤務していた大形さんは、会社のイントラネットで日々の活動を情報発信していたそう。その投稿を見かけた江越さんが、PR担当としての素質を感じ、新規事業室への異動を打診したという。

大形 noteの記事執筆は私が担当しています。記事のスタイルは悩んだ末に、すべて私目線の一人称としました。できるだけ自分の気持ちや温度感を記事に乗せて、読み手の共感を呼びたいと思ったからです。写真に写り込んだ社員に掲載許可を取りに行くと、「がんばってね」と応援してもらえるようになりました。社内で少しずつ私たちの活動が広がってきているように感じています。
 
──新規事業を担当するからこそ抱く悩みはありますか?
 
大形 私は元々、卸店や小売店に固形石けんやボディソープを売る営業の仕事をしていました。自分の努力が、売上の数字としてリアルタイムで表れる仕事です。しかし、新規事業室にはルーティンワークもなければ、用意されたタスクもありません。試作品を作っては議論し、振り出しに戻る作業を繰り返す日々。社会課題に挑戦する、意義ある取り組みだとは分かっていながらも、異動直後は他部署の社員が着実に前進しているのを横目で見ながら、自分は目に見える成果を出せていないことに悩んでいました
 
江越 そんなふうに感じることは私もいまだにあります(笑)。新規事業室は、すぐに形になることをしているわけではないので、葛藤が生まれたりもしますよね。

清潔を提供する「お風呂の価値を外に持ち出す」新たなライフスタイル

──今後の目標について教えてください。
 
大形 目下の目標は、「SUSUGU(ススグ)」をしっかりと世に発表していくことです。今は介護を受ける高齢者や、医療的ケアを受けながら自宅で生活する子どもの使用をイメージしたプロモーションを検討しています。しかし、「SUSUGU(ススグ)」を必要とする方はほかにもいるはずですし、将来必要になる方もいると思います。そんな方たちに商品の情報が届くよう、認知を広げていきたいと思っています。
 
江越 新規事業室では、「お風呂の価値を外に持ち出す」という新しいライフスタイルを作っていきたいと思っています。「清潔を提供する場所はお風呂」という固定観念を取っ払うと、さまざまな場所と状況で、多くの人が入浴で得られる効果を享受できるはずです。当たり前だと思われていることを私たちが取り組むことで、解決の糸口を見いだしていきたい。そこに事業の可能性もあると思っています。
 
新規事業室の取り組みは、すべて「一歩を踏み出す」ことによって可能性を広げてきました。無謀に思う人もいるかもしれませんが、一歩を踏み出すことの大切さを、社内の皆にも伝えられる活動にできればと思っています。

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撮影/村田克己 文/大野晴香(Playce) 編集・コーディネート/丸田健介(C-station)

Edited by 丸田健介

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